保存研究会 保存情報「一宮妙興寺」(データ発掘)

(写真)航空写真 妙興寺チラシから転載 勅使門-三門-仏殿と一直線配置、左上に庭園をもつ方丈がある、写真左にある現代建築は一宮市博物館
建築と自然環境が響きあう禅宗寺院
長嶋山妙興寺は今なお広大な伽藍を有しており、禅宗寺院特有の一直線状の伽藍配置で、南から総門、勅使門、三門、仏殿と並び、私的な住持の住まいとして方丈や玄関、庫裏をそなえ、方丈の前には枯山水の庭もある。江戸末期に描かれた「尾張名所図会」と同じ伽藍構成を今も保っているが、実は主要な建築はほとんどが明治期の再建である。にもかかわらず三門や仏殿など主要な建築は精緻な禅宗様でつくられており、しかも周辺は深い林に囲まれ、豊かな自然環境と建築群が調和の世界をつくっている。そして今なお戒律を持して日々道心を磨く道場となっているという。

当寺は1348(貞和4)年草創の臨済宗妙心寺派の寺院である。足利二代将軍義詮(よしあきら)により鎌倉五山の諸山と同格に列せられて以来、三代義満から十代義稙(よしたね)まで代々手厚く保護された。そして、南北朝時代の北朝勢力の拠点としても隆盛を極め、1353(文和2)年には北朝の後光厳天皇の勅願所として「国中無双禅刹」の勅額を賜わり、その額は現在勅使門にかけられている。
その後度重なる火災で、最新では1890(明治23)年の大火と翌年の濃尾大地震で多くの建築が失われた。それでも創建当初から唯一残る勅使門は、国指定重要文化財に指定され、簡素な間口一間の四脚門で頭貫や肘木の先端の木鼻がその時代を映し出す。屋根は桟瓦葺に改修されているが、それは火事が多いための防火的な判断からであろうか。それ以外では鐘楼が江戸時代の建築で県指定文化財に、その他の多くの建築は明治の火災、震災の後に再建されたものであるが17棟が一宮市指定文化財となっている。三門と仏殿も明治期の再建によるものだが名建築の風格をもち、周辺の自然豊かな環境に溶け込み、往時の境内をイメージさせるに十分な建築力をもっている。
なお境内の西部には1987(昭和62)年に建築家内井昭蔵氏の設計で一宮市博物館が開館した。

三間×三間+四面裳腰つき

MAP

DATA
所在地:一宮市大和町妙興寺2438
最寄駅:名鉄名古屋本線 妙興寺駅 下車徒歩7分
才本 清継(JIA愛知)
才本設計アトリエ


