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愛知地域会

保存研究会 保存情報「正眼寺庭園(観音像前庭)」(データ発掘)

保存研究会 保存情報「正眼寺庭園(観音像前庭)」(データ発掘)

正眼寺庭園(しょうげんじていえん)(観音像前庭)

 正眼寺は妙心寺開山無相大師関山国師慧玄和尚が1329年に開創され、1669年に妙心寺別格地として妙宝山正眼寺の名で再興された寺院である。本庭園は、明治34年の改築まで本寺本堂であった毒草窟(どくそうくつ)の西側に位置する。作庭家の重森三玲氏による本庭園は、昭和43年より着手された。正眼寺住職の梶浦逸外老子氏の発案により、空地に残されていた古井戸の上に奈良薬師寺式の観世音菩薩銅像を建立して、その井戸を納骨泉としている。観音立像の背後には築山と石組みを配し、正面には観音の慈悲の霊光を思わせる放射状の敷石を施している。これに紫雲がたなびくさまを表した雲形の地紋を重ね、三十三の石によって、雲海上の三十三観音を表現している。重森氏は「庭中の古老木をそのまま生かし、従来の庭園設計にないものを創作した。他に類のない意表に出る作庭であり、禅院枯山水、近代枯山水としての特色のある点を観賞されたい。」と記している。庭園は駐車場奥に位置し、一般の来訪者も観賞することができる。

完成当時の庭園「日本庭園歴欄辞典」より
完成当時の庭園「日本庭園歴欄辞典」より
三十三石と観世音菩薩銅像
三十三石と観世音菩薩銅像

MAP

臨済宗妙心寺別格妙法山正眼寺庭園
臨済宗妙心寺別格妙法山正眼寺庭園

DATA

名称:臨済宗妙心寺別格妙法山正眼寺庭園
作庭者:重森三玲
所在地:岐阜県美濃加茂市伊深町872-2
作庭年:昭和43年9月~45年12月
参考資料:日本庭園歴覧辞典」重森三玲著
(昭和49年 東京堂出版)

野々川 光昭(JIA愛知)
オウ環境設計事務所